脊髄小脳変性症とは?
脊髄小脳変性症(せきずいしょうのうへんせいしょう、spinocerebellar ataxia:SCA)とは、何らかの原因により小脳周囲の神経に異変が生じ、運動失調を引き起こす病気です。
小脳は後頭部の下の方にある脳の一部で、平衡感覚や運動と知覚の統合のほか筋肉の緊張や身体の動きの調整などを行っており、動くためには欠かせない臓器です。
小脳の神経に異常が起きると、細かい運動ができなかったり、ふらつきが出たり、ろれつが回らなくなったりします。
また脊髄小脳変性症は小脳だけでなく大脳、脳幹、脊髄や末梢神経にまで異常が及ぶ場合もあり、病変の部位によって症状が異なります。
脊髄小脳変性症は、大きく分けて遺伝性(30%)と非遺伝性(70%)の2つに分類されます。
非遺伝性の3分の2は「多系統萎縮症(たけいとういしゅくしょう)」と言われるものですが、こちらはまた改めてご紹介します。
したがって今回は、脊髄小脳変性症の中でも多系統萎縮症以外(以下、脊髄小脳変性症)を解説します。
脊髄小脳変性症、多系統萎縮症ともに根本的な治療法がなく、難病指定とされています。
患者さんはどのくらいいるの?
脊髄小脳変性症の患者さんは、全国で3万人を超えています。
ただ、ゆっくりと進行するため病気に気づかない可能性があることから実際の患者数はもう少し多いと思われ、10万人あたり5〜10人ほどではないかと言われています。
原因は?
遺伝性の脊髄小脳変性症は、ある遺伝子の組み合わせによって発症することが分かっています。
脊髄小脳変性症の原因遺伝子が長く配列(異常伸長)することで、通常できるはずのグルタミン酸が作られず、多数のグルタミン酸が結合した異常なタンパク質であるポリグルタミンが作られ、神経細胞に異常が現れると考えられています。
なお、非遺伝性の脊髄小脳変性症の原因はまだ解明されておりません。
どんな人に多いの?
発症のピークは50代ですが、高齢の方でも10代の方でも発症することはあります。
男女比はだいたい同じくらいですが、やや男性の方が多いです。
遺伝するの?
脊髄小脳変性症の約30%は遺伝性ですが、この場合は優性遺伝で発症することが多いです。
優性遺伝によって発症する脊髄小脳変性症は少しずつつ解明されており、日本で多く見られるタイプは
SCA3、SCA6、SCA31、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubropallidoluysial atrophy:DRPLA)です。
原因となる遺伝子のパターンによって、発症年齢や症状に違いがあることまでは分かっていますが、発症を防ぐことはまだできません。
どんな症状が出るの?
脊髄小脳変性症は様々なタイプがありますが、共通して現れるのは小脳運動失調です。
小脳運動失調の症状が出ると、筋肉をバランスよく使うことができなくなります。
具体的にはまっすぐに歩けなくなる、鉛筆や箸などをうまく使えない、ろれつが回らないなどの症状がでてきます。
他にも、共通して現れやすい症状としては排尿障害や便秘などの自律神経障害があります。
それでは、タイプ別の症状を見ていきましょう。
皮質性小脳萎縮症 CCA
他のタイプより比較的高齢で発症します。
進行はゆっくりで、小脳運動失調が見られます。
家族に症状がある人が見られず、非遺伝性や初期の多系統萎縮症状の患者さんも含まれている可能性があると言われています。
脊髄小脳失調症1型 SCA1
多くは30~40歳代で発症します。
ふらつきやろれつが回らないなどの小脳運動失調に加えて、眼球の揺れがみられる眼振や、身体の平衡感覚を保つことができない錐体路障害(すいたいろしょうがい)、手足の震えや動作がゆっくりになるパーキンソン症状、認知機能障害、末梢神経障害(筋緊張低下、筋力低下、筋萎縮、感覚障害など)などがみられます。
その他、眼球運動障害が見られることもあります。
このように、小脳運動失調以外に色々な症状が現れるのが脊髄小脳失調症1型です。
進行していくと上手く食べ物を飲み込めない嚥下(えんげ)障害や、本来普通にできるはずの呼吸ができなくなる呼吸障害が現れることもあり大きな問題となります。
脊髄小脳失調症2型 SCA2
発症年齢は小児から高齢までと幅広い層で見られますが、30~40歳代での発症が多いです。
小脳運動障害を発症することが多く、歩行時にふらついたり、ろれつが回らなくなったりします。
他にもこのタイプによく見られる症状として、初期から追視時の眼の動きが遅くなる「緩徐(かんじょ)眼球運動」や、末梢神経障害があります。
また、パーキンソン症状が小脳運動障害より目立つ場合もあります。
さらに、認知機能障害を合併することもあります。
脊髄小脳失調症3型 SCA3
日本では最も頻度の多いタイプです。
発症年齢は小児から高齢までと幅広い層で見られますが、およそ10〜60歳代での発症が多いです。
小脳運動失調に加えて関節が曲げられなく脚が突っ張るようになる痙性(けいせい)、パーキンソン症状や末梢神経障害などが見られることもあります。
また、目を見開いた状態になるびっくり眼や、眼球運動障害によって物が二重に見える複視が現れる場合もあります。
SCA3では発症年齢により特徴が異なり、以下のように「I〜IV型」に分類されます。
I 型若年発症(10~30歳代)
痙性や手足の腱反射亢進(けんはんしゃこうしん)といった錐体路徴候(すいたいろちょうこう)と、パーキンソン症状、眼球運動障害が主症状。
II 型中年発症(20~50歳代)
小脳運動失調と錐体路徴候が主症状だが、パーキンソン症状が見られることもある。
III 型高齢発症(40~70歳代)
小脳運動失調と末梢神経障害が主症状。
IV 型 発症年齢は様々。
パーキンソン症状と末梢神経障害が主症状。
脊髄小脳失調症6型 SCA6
日本では2番目に多く見られるタイプです。
発症年齢は中年以降と比較的高齢です。
歩行時のふらつきなどで発症し、小脳運動失調が主症状として見られます。
稀に筋肉の異常により姿勢の異常がでてくるジストニアや末梢神経障害、痙性、めまい感なども現れることがあります。
症状はゆっくりと進行します。
脊髄小脳失調症31型 SCA31
50歳代以降で発症することが多いです。
このタイプは日本特有の遺伝性脊髄小脳変性症とされています。
主症状は小脳運動失調で、SCA6と比べてもさらに小脳以外の症状が少ないタイプです。
歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症 DRPLA
このタイプでは、発症年齢によって症状が大きく異なるのが特徴的です。
発症が若い患者さんでは、小脳失調の他にてんかん発作や体のぴくつきが出るミオクローヌスが主な症状として現れます。
発症が高齢の患者さんでは、小脳運動失調に加えて意志とは関係なく筋肉の引きつけなどがおきる舞踏病や認知機能障害、さらに精神症状が加わります。
診断はどうするの?
脊髄小脳変性症はタイプによって症状も様々で違う病気の可能性もあるため、症例に応じて検査方法は異なります。
以下に代表される検査を行い、総合的に判断して脊髄小脳変性と診断されます。
問診
高血圧や脳梗塞がある場合は小脳運動失調が起こりうるため、まずは問診によってその他の病気との鑑別を行います。
また遺伝性の可能性もあるため、血縁関係者の中に似たような症状が見られる人がいないか、家族歴を調べます。
神経学的検査
小脳運動失調、パーキンソン症状、麻痺、感覚鈍麻が出現しやすいため、神経学的検査によってこれらを調べます。
姿勢や歩行、身体の反射や神経学的な反応を確認し、麻痺など神経症状が出現していないかを調べます。
画像検査
CT
頭を輪切りにした状態を簡易的に確認できるため、脳の形態的異常を確認するためのスクリーニングとして用いられます。
MRI
30分ほどかかりますが、CTでは確認できない軽度の萎縮も見つけることができます。
脳血流シンチグラフィー
特殊な薬剤を使用し、脳の血流を撮影する検査です。
脊髄小脳変性症では、小脳などに血流量の低下が見られます。
PET
糖分の代謝機能をみることができ、がん検査でも用いられています。
脊髄小脳変性症では、小脳を中心に糖代謝が低下している画像をPETによって確認できます。
遺伝学的検査
家族に脊髄小脳変性症の患者さんがいた場合、遺伝性脊髄小脳変性症かどうか、どのタイプ分類に属しているのかを調べるため、遺伝子検査を行います。
遺伝学的検査で原因遺伝子が見つかった場合、血縁関係の方も同じく発症する可能性があることがわかります。
したがって、検査については本人だけではなく家族にも十分な説明と同意を行うことが不可欠です。
治療はどうするの?
根本的な治療法は未だ確立されておりません。
したがって、それぞれの症状を和らげる「対処療法」が主な治療となります。
内科的治療
運動失調症状に対しては、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤の注射薬であるプロチレリンや、TRHを誘導する内服薬のタルチレリンが使われています。
これらは、身体の活動を高めたり神経の働きを活発にさせる甲状腺ホルモンの分泌を促し、症状を改善させる作用があると考えられています。
また、これらの薬物治療を継続することにより、運動機能の改善が見込めるだけでなく、症状が悪化する患者の割合が減少することも分かっています。
パーキンソン症状が出現している場合は、抗パーキンソン薬を使用することで初期段階での一定の効果が期待されます。
その他、排尿障害や起立性低血圧などの自律神経障害や、めまいや吐き気といった症状に対しても、それぞれ個々の症状に有効な薬を使用することで、一時的ではありますが症状を抑えることができます。
リハビリテーション
リハビリテーションの目的は、現在残っている運動機能を「維持」させることと、「残存機能を活用」することです。
機能を回復することが目的ではありません。
バランス感覚の欠如や歩行時のふらつきなど、患者さん一人一人の小脳運動失調の症状に適したリハビリを行うことで、その効果は終了後もしばらくは持続するといわれています。
症状が進行した場合でも、残っている運動機能を活用し、現状を維持するためにリハビリテーションは有効です。
したがって、進行性の病気である脊髄小脳変性症の患者さんに対するリハビリテーションは積極的に行われています。
呼吸管理
脊髄小脳失調症によって引き起こされる症状のうち、比較的初期であっても起こるといわれているものが呼吸障害です。
呼吸に関係する筋肉が思うように動かせなくなると一定期間無呼吸になってしまい、最悪の場合は死に至ります。
そんな突然死を防ぐため、人工呼吸器を使用して外部から空気を送り込み酸素を体内に入れるという非侵襲的陽圧管理療法(NPPV)を行うケースがあります。
呼吸障害が重度な場合は、気管を切開した上での呼吸管理が行われる場合もあります。
栄養療法
病気の進行に伴って物を飲み込む嚥下機能が低下すると、気道に食べ物が入ってしまい誤嚥性肺炎を発症するリスクも出てきます。
リハビリテーションによって嚥下機能の維持を図りますが、嚥下が難しいと判断され口から食べることを中止せざるを得ない場合もあります。
そのような場合は、胃に直接食べ物を送ることができる「胃瘻(いろう)」を造設したり、鼻からチューブを挿入して胃に直接栄養を入れる「経管栄養管理」を行います。
経過はどうなるの?
脊髄小脳変性症の症状はゆっくりと進行し、5年、10年、20年先と長い時間をかけて症状が進んでいきます。
発症が高齢の場合はほとんど進行せず寿命をまっとうできることもありますが、若い頃に発症した場合は最終的には寝たきりとなり、介護が必要な状態となるため、症状の評価を定期的に行いながら介護に備える必要があります。
歩行障害は転倒して怪我をするリスクがあるため、リハビリテーションを行ったり、頭部を保護したり、杖や車椅子などを使います。
「怪我をするから」と言ってあまり動かずに過ごしてしまうと残存機能も維持できなくなる恐れがあるため、継続的なリハビリテーションが行われます。
ろれつが回らなくなると言葉の聞き取りが難しくなるので言語療法で話し方を練習しますが、患者さんは話すことも億劫になりがちなので周囲の人が積極的に話しかけるようにしてあげましょう。
最後に
脊髄小脳変性症は進行性の病気ではありますが、病気のタイプによって現れる症状も様々であり、個別に対応していく必要があります。
また、典型的な症状がなく総合的な判断によって診断が行われるため、疑われる神経症状が現れたり家族内に診断された患者さんがいる場合には、早期に神経内科への受診が推奨されます。
<参考文献>
ガイドライン 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018
研究グループ 運動失調症の医療基盤に関する調査研究班